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福岡高等裁判所 昭和28年(ナ)6号 判決

原告 宮本伝次郎 外二名

被告 熊本県選挙管理委員会

主文

原告等の請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が、昭和二八年五月二一日執行された二見村長選挙に関し、同年九月二一日附をもつて為した訴願棄却の裁決を取消す。右村長選挙はこれを無効とする。仮に無効でないとしても、同選挙における当選者山本守三郎の当選は無効とする。」との判決を求めた。而して、原告等代理人の主張する請求原因の要旨は、

原告等は昭和二八年五月二一日執行された熊本県葦北郡二見村長選挙に際し選挙人であつたものであるが、右選挙には次のような選挙無効原因又は当選無効原因となるべき違法な点があつたので、同年六月三日同村選挙管理委員会に対し異議申立をしたが、同年七月四日棄却せられ、同月二〇日被告に対し訴願提起をしたが、右訴願も亦同年九月二一日附を以て棄却の裁決を受けた。しかし、右裁決は原告等の主張する本件選挙の無効原因又は当選無効原因を認めなかつた点に於て違法で取消を免れない。

本件選挙は左記理由により無効である。仮に選挙が無効でないとしても、山本守三郎の当選は無効である。

(一)  投票立会人選任についての違法。

公職選挙法(以下単に法と略称する)第三八条及び同法施行令第二六条により、村選挙管理委員会は、本人の承諾を得て選挙人名簿に登録された者の中から三人以上五人の投票立会人を選任し、選挙期日前三日までに本人に通知しなければならないのに、右規定に違反し選挙当日漸くその選任をしているにすぎず、又本人の承諾も得ていない。

(二)  開票立会人決定についての違法。

本件選挙における候補者迫田彌四郎は、法第六二条に従いそれぞれ三人の開票立会人を定めて届出をしたのであるが、該届出は開票管理者によつて受理されないで、村選挙管理委員会委員長森本要がこれを受理しているばかりでなく、右委員長森本は、選挙前日である五月二〇日午後七時頃に至つて三人の届出は違法であるとし、届出られた三名の中から自からの裁量によつて柿本丈次郎のみを残し、窪田直志・徳永井芹の届書を第三者(候補者以外)に返戻している。斯様な行為は法第六二条に違反し、権限外の者が勝手に開票立会人を選任した結果となり、右選挙においては適法な開票立会人を欠いたことになる。元来選挙管理委員会と開票管理者とはその職務権限を異にし、一方が他方の権限まで干渉することは勿論許されないのであつて、開票管理者の職務の代行は、同法施行令第六七条の手続を経て初めて可能となるのである。

(三)  山本守三郎は立候補資格がない。

同人は昭和二八年四月二八日から村長代理助役の職にあつたので、これを辞し退職を村議会の議長に申出たに拘らず、村議会が退職を認めない場合に限り法第九〇条の規定によつて、申出の日から五日の満了によつて退職したものとみなされるのであるが、同人の退職申出は五月九日で立候補届出は翌一〇日であるのみならず、同人の申出は議長がにぎり潰し、議会はその承認と否との議決を為していないのであるから、同人には立候補資格なく、従つてその当選も亦無効である。

(四)  山本守三郎の得票は、その無効票を差引けば迫田彌四郎候補より少い。

当選人山本守三郎は一、〇六四票で当選人とされているけれども、右得票中には他事記入票二〇〇票・自書しないもの五〇票・右迫田候補の得票を混入したもの五〇票があり、これらの無効票合計三〇〇票を差引けば、迫田候補の得票九〇七票より少くなるから、迫田候補を当選人とすべきである。

(五)  なお本件選挙に関しては選挙当夜火災があり、本件選挙に関する投票用紙及び関係書類を殆んど全部焼失しているのであつて、このことは当該選挙にかゝる者の任期中保存すべしと命ずる法の強行規定に違反し、延いて本件選挙の無効を招来するものといわねばならない。

と云うのである。(立証省略)

被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、

昭和二八年五月二一日執行された熊本県葦北郡二見村長選挙に関し、原告等からその主張のような理由のもとに村選挙管理委員会及び被告県選挙管理委員会に対し異議申立及び訴願提起がなされ、被告が同年九月二一日原告等主張のような訴願棄却の裁決をなしたこと、及び本件選挙当夜火災があり、右火災のため本件選挙の投票及び関係書類の大半を焼失するに至つたことは認める。しかし、本件選挙が無効であるとし、仮に無効でないとしても当選人山本守三郎の当選が無効であるとする点は総て争う。本件裁決には何等違法な点はない。すなわち、

(一)  投票立会人の選任は、選挙期日前四日の五月一七日村選挙管理委員会に於て行われ、選任通知書は承諾を求める書面と共に役場小使によつて翌一八日それぞれ本人に送達されている。この承諾書は全部は委員会に返送されていないけれども、一投票区あたり三人計一五人の選任された者は、いずれも当時の選挙人名簿に登載された者で、投票当日全員定刻までに投票所に参集し、投票に立会つていることからして承諾しなかつた者は一人もない。従つて投票立会人の選任について原告等主張のような違法な点はない。

(二)  原告等は開票立会人の選任にあたつて違法があると主張するけれども、候補者山本守三郎は一人の立会人浜田俊晴を届出たのみであり、候補者迫田彌四郎は誤つて柿本丈次郎・窪田直志・徳永井芹の三人を立会人として届出た。この届出書の受付にあたり、受付印と共に村選挙管理委員会委員長森本要の認印が押されていたため、村委員会が受理し処分したもののようであるが、村委員会は委員長森本要以下委員浜田豊年・同上野実の三名で構成され、上記三名はいずれも役場職員を兼務しているのであつて、選挙長草野正直も役場職員であつた。そして村委員会には専任書記がいないので、委員長自ら書記の職務をも行つていたから、選挙関係の書類は殆んど右委員長森本が受付けていた。従つて森本は単に受付の責任者として認印しただけであつて、この書類に関する処分そのものは選挙長の決裁によつて行われていて、権限外の者が開票立会人を選任したというような事実はない。なお本件選挙においては公職選挙法第七九条第二項によつて選挙長が開票管理者を兼ていたもので、迫田候補が誤つて届出た立会人三名中同候補の同意を得て柿本丈次郎一名を残し他の二名は取下げて貰つているのみならず、右柿本が開票並びに選挙会に立会つているので、何等違法な点はない。

(三)  次に原告等は山本守三郎の当選無効原因として、同人は立候補資格のない者であると主張するのであるが、同人の退職申出書は五月四日の午前中に提出され、翌五日村議会書記から議長に連絡されている。従つて退職申出がなされた四日から起算して五日目に相当する五月八日に退職の効力が公職選挙法九〇条によつて生ずるので、五月一〇日になされた立候補届出は適法で、原告等主張のような違法な点はない。

(四)  更に右山本守三郎の得票一〇六四票の点については、投票の点検は火災による焼失のためできないけれども、選挙長及び三名の選挙立会人(迫田候補の届出による柿本丈次郎を含む)当時の開票事務従事者の総てが、原告等主張のような事実はなかつた旨述べているので、この点についても違法はない。

(五)  なお本件選挙に関する文書は選挙当夜火災勃発して焼失したため、選挙録・投票録に記載されている事実以外は、やむを得ず当時の関係者を調査して裁決したのであるが、右関係書類の現存しないことが選挙の無効を招来するものではない。選挙の無効は、選挙が法の規定に違反して執行され、且選挙の結果に異動を及ぼすおそれのある場合に限られるのであつて、選挙終了后の書類の焼失が選挙の結果に異動を及ぼすことは考えられない。火災原因については本件訴訟と関係がない。

と述べた。(立証省略)

理由

原告等が、昭和二八年五月二一日執行された熊本県葦北郡二見村長選挙に関し、その主張日時同村選挙管理委員会に異議の申立をなし、更に被告に訴願提起に及んだ経緯については、当事者間に争いがない。

そこで本件選挙について原告等の主張するような無効原因、又は当選無効原因が存するか否かの点について考えるのに、

(一)  先ず投票立会人の選任については、原告等主張のような違法な選任がなされたと認むべき証拠はない。却つて成立に争いのない甲第六号証(本件選挙長草野正直から村選挙管理委員会委員長森本要宛提出された答弁書)によれば、第一乃至第五投票所について各三人の投票立会人合計一五名を同年五月一八日選任してその旨通知し、右選任された者は全員投票に立会い投票執行に何等の支障を来さなかつたことが認められ、これを左右するに足る証拠はない。従つてこの点に関する原告等の主張は採用できない。

(二)  開票立会人の決定についても、前顕甲第六号証成立に争いのない甲第八号証同第一、二号証によれば、候補者迫田彌四郎は三名の開票立会人を届出て村役場吏員と選挙管理委員会委員長を兼務している森本要がこれを受理し(五月一八日二見村役場受付第選一八三号の受付印をすると共に森本の認印がしてある)たけれども、その翌日同じく役場吏員であり且選挙長を兼務していた草野正直が選挙立会人の届出は一名であることを右森本に告げ、その旨を候補者に連絡して訂正せしめるようにとのことであつたので、右森本は迫田候補にこれを伝えたところ、同候補から柿本丈次郎を残し他は返却して貰い度い旨の申出があつたので、柿本丈次郎が右候補者の選挙立会人として決定したのであつて、原告等主張のように選挙管理委員会の委員長森本が壇にこれを決定したものではなく、選挙会が開かれた際も右立会人の件について何等の異議も出なかつたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。原告等は、選挙管理委員会の委員長をしている森本が、右届書の受理その他の連絡にあたつていることを非難しているけれども、同人は村役場吏員として選挙関係事務をも担当しているのであるから、書類受付等の事務に携はることは何等違法ではないといわねばならない。従つて、この点に関する原告等の主張も亦到底採用できない。

(三)  次に山本守三郎の村長代理助役の退職申出日が、立候補届出の前日である五月九日であつたと認むべき証拠はない。この点についても前顕甲第六号証によれば、右山本守三郎が「二見村長選挙に立候補するため」との理由を付して村議会議長宛退職届を提出したのは五月四日で、右議会書記草野正直は直ちにこれを受理して議長市川市太郎に連絡し、翌五日同議長の出頭を求めてこれが確認をして貰つたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。そして公職選挙法第九〇条の規定によれば、右退職申出の日から五日以内に当該公務員たることを辞することが出来ないときは、申出の日以後五日に相当する日に退職したものとみなされることは明かであるから、同人の立候補届出は適法であつて、何等原告等主張のような違法な点はない。

(四)  又山本候補の得票一、〇六四票のうちには、他事記入二〇〇票・自書せざるもの五〇票・迫田候補の票を混入したもの五〇票計三〇〇票の無効票を含み、これを差引けば迫田候補の得票九〇七票より寡少となり、右迫田候補が当選人とならねばならないと主張するけれども、原告等の全立証によつても、これを認むべき証拠はない。従つてこの点に関する原告等の主張も採用し難い。

(五)  なお原告等は本件選挙当夜二見村に火災があり、同火災のため本件選挙に関する書類は選挙録・投票録(各写)を残し、他は全部焼失したので、当選者の任期間保存すべき投票用紙等が保存されていないことを以て本件選挙の無効を招来するものであると主張するけれども、右は公職選挙法第二〇五条所定の選挙無効原因にあたらないことは極めて明白であるから、この点に関する主張も失当である。

以上の理由により被告のなした昭和二八年九月二一日附裁決には何等違法な点なく、取消の対象とならないことは明かであるから、原告等の本訴請求は総て失当として棄却を免れない。そこで訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用して、主文のように判決する。

(裁判官 森静雄 竹下利之右衛門 厚地政信)

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